
2025年7月上旬、ギリシャはクレタ島の遺跡、クノッソス宮殿に行ってきました。
ワクワク、ドキドキなお一人様旅の体験をシェアしていきます。
この記事は、CP内のゼロトレイベントでシェアした内容をまとめたものになります。
それでは、いってみよ!
前の記事はこちら
【目次】
神話は本当だった?

クノッソス宮殿がここまで有名な理由は、ギリシャ遺跡の「掘ったら本当に出てきたシリーズ」の一つだから、というのは間違いないと思います。
「神話として言い伝えられていたものを、本当に発見した」ロマンですよねぇ。
ちなみに、件のギリシャ神話はこんな話。
ミノス王は島の統治を巡って兄弟で争っていました。ミノス王は海神ポセイドンに「神が私の治世を支持していることの証に、白い雄牛を贈ってください」と一心に祈りました。 ポセイドンはミノス王の願いを聞き入れ、「願いがかなった後、この牛を生贄として神に捧げる」ということを条件に、白い雄牛をミノス王に贈りました。
しかし、ミノス王は雄牛のあまりの美しさに夢中になり、生贄に捧げることを惜しみ、別の雄牛を生贄として捧げました。
ミノス王が神との約束を違えたことに激怒した海神ポセイドンは、王の后、シーパシエーに呪いをかけ、后が白い雄牛に恋い焦がれるようにしてしまいました。
后シーパシエーは名工ダイダロス(蝋で固めた鳥の羽根を背負って飛んだ、イカロスの父です)に命じて、密かに白い雄牛の模型を作らせました。 シーパシエーは自ら雄牛の中に入って「思いを遂げた」。その結果、シーパシエーは雄牛の子どもを身ごもります。
后が産んだのは頭が牛、身体が人という異形のものでした。この子は「ミノス王の牛」という意味の、ミノタウロスと呼ばれるようになります。
ミノタウロスは成人するにつれ、手に負えない乱暴者になります。そこで、ミノス王はダイダロスに命じて、ミノタウロスを閉じ込めるための迷宮ラビュリントス(=ラビリンスの語源)を作らせ、そこに閉じ込めてしまいます。
ミノス王は、ミノタウロスの食料として9年ごとにアテナイ(アテネ)から7人の少年・少女を送らせるようにしました。
さて、アテナイにテセウスという青年がいました。王の息子であるテセウスは、自ら生贄となることを志願し、他の男女と共にクレタ島にやってきました。 生贄の男女の中にいるテセウスを見て一目惚れしたミノス王の娘、アリアドネー。何とかして彼を助ける方法は無いかと、ダイダロスに相談します。
するとダイダロスは「テセウスに糸玉を渡し、これを伝って迷宮から出るよう伝えなさい」とアリアドネーに告げました。 アリアドネーは迷宮に向かうテセウスに、こっそり糸玉と短剣を渡し、見送りました。
テセウスは入口に糸を結びつけて迷宮を進み、隠し持った短剣でミノタウロスを見事仕留めると、再び糸を辿って地上に戻ることができました。
いやあ、この荒唐無稽で生命力に満ち溢れた感じ、素敵ですねぇ。これぞギリシャ神話!という感じがします。しますが。
白い雄牛を遣わせておいて、再び生贄に捧げなさい...だと?「なんで?」って突っ込みたくなるのは私だけですか(神のものは神に返却せよ、ということ?)
ギリシャ神話における「思いを遂げた」=ヤッちまった、ということなんですよね。シーパシエー、名工ダイダロスに命じて巨大な大人の玩具を作って、ヤッちまったのか...結果、異形のものを孕むとは...ギリシャ人にとって神話は火サスであり、SFであり、ハリウッド映画であり、ポルノだったんだろうなあ。
ちなみに、ここでは省略しますが、テセウスを助けたアリアドネはテセウスに捨てられ?忘れられてしまいます(別説あり)。人間はギリシャ以前から悲劇が好きみたいです。
神話をよく読むと「複数の神話が合体した」「ギリシャの神々が宗教の中心になるより遥か前から、牛を大変尊ぶ文化があった」「クレタ島の方がアテナイより文化的・政治的地位が高かった」等が推察され、とても興味深いです。
賛否両論エヴァンズさん
話が長くなりましたが、遺跡の話に戻るとしましょう。
さて、この「クレタ島のあの場所に、ミノタウロスを閉じ込めていた広い広い地下迷宮があるんだとさ」という神話をもとに調査・発掘をして、本当に巨大な地下施設を発見しちゃった考古学者がサー・アーサー・エヴァンズです。
見事発掘したエヴァンズは、何を考えたか「遺跡をコンクリートで復元しよう」と考え、一部を再現します。(ちょっと雑な部分もあり)

現代の考え方では、「遺跡は発掘された状況のままで保存」「復元するなら、可能な限り構造や形式を正確になぞる」が主流ではないかと思うのですが...
コンクリで復元?それ本当にいいの?と批判される「世界やらかし復元」のひとつにランキングされる案件となったのですが、今では以下の点で一定の評価を得ているという話です。
- エヴァンズは発掘したものをゴッソリ私物化しなかった
- 個人の楽しみのために使ってもいない
- ともすれば古い石がゴロゴロ転がっているだけの遺跡。往時の姿を想像させるような一部の再現で、クノッソスは世界に名が知られる場所となった
確かに、「掘ったら本当に出てきたシリーズ」の1人、トロイアを発見したシュリーマンは、発見した黄金の装飾品(たぶん墓に入っていたもの)で自分の妻を飾り立て、写真に撮っています。子どもの時に、その白黒写真を見てびっくりした記憶があります。
大発見に浮かれちゃって「イェーイ」となるのは確かに理解できますが...(シュリーマンの発見には色々な逸話があります。私が子どもの時に読んだ本は古い情報ではあります)
エヴァンズはそういうことはしなかった、そしてミノア文明の解明に全力を尽くしたということにおいても、評価されているということなのでしょう。
ミノア文明はギリシャ時代より古い

遺跡はこんな感じで唐突にコンクリ復元部分があります(ちょっと雑かな、と思う部分も確かにあり)
写真を見て「あら?思ってたんと違う・・・」と感じる方がいるかもしれません。
ギリシャって、なんか白いこういうのじゃないの?

世の多くの方が頭に思い浮かべるギリシャの古いやつですね。
たとえばアテネのパルテノン神殿はようやく紀元前5世紀、ミロのヴィーナスは紀元前2世紀のものですが、ミノア文明クノッソス宮殿はもっと古い時代のもので、こんな感じ。

世界中どこでもオーバーツーリズムや

どのぐらい古いかというと、紀元前2000年代には、「同じ様式の宮殿がクレタ島各地にあった」ことがわかっています。(確実にそれ以前から文明と技術があったということです)
私が行ったクノッソスに建築された最も壮麗な宮殿は紀元前1700年代に建てられたもの。
排水施設、水洗トイレ(王族が使用)風呂、強力な官僚機構と非常に強い王権、市政のにぎわい・・・
3〜4000年前に非常に高いレベルの文明であったことに驚きます。
イラクリオン市の中心部に「イラクリオン考古学博物館」があり、ここに新石器時代(紀元前6000年〜)から3世紀ぐらいまでの発掘物がものすごいボリュームで展示されています。
現地に行っても広すぎて到底全てを把握することができない遺跡ですが、博物館では模型が展示されていて大変な規模だったんだな・・・というのがわかります。

地下2階ぶん延々と広がる部屋・・・「迷宮があった」と言い伝えられるのも納得
展示されている装飾品などは、盗掘をたまたま逃れた残りカスみたいなもんじゃないのかな、と想像するのですが、煌びやかな金銀財宝がいっぱい。
「似たようなデザインをフランスの超高級宝飾メーカーが作ってるよね?」「3500年前で既にこんなに細かい加工ができるんだ」と驚きの連続です。

こんなのがいっぱい展示してありました
「ミノア文明はエジプトに影響を与えていたことがわかる」みたいな説明もあり、海洋国家として近隣にその名を轟かせていたんだろうなあ、ということが想像されます。
さて、遺跡に戻りましょう。
クノッソス宮殿は非常に広大ですが、「レプリカかな」と思ったら、無造作に3500年前のものが置いてあったりするところがあって、びっくりします。
(研究家の大久保栄次氏によると、1980年代はかなりおおらかで、立ち入り制限や保護カバーなど一切無く、王の椅子や水盤に触ったり座ったりしていたらしいです...羨ましい)
公開されているのは一部とはいえ、遺跡は本当に広く、人はうんざりするぐらい多いわ、暑いわでまあ大変なのですが、私はそんな中でGoogle翻訳を使って説明を片っ端から読んでいくということをやっていました。

英語→日本語、ギリシャ語→日本語も問題なく翻訳してくれます。本当にテクノロジーは素晴らしい、の一言に尽きます。
ただし、スマホの使いすぎでものすごく熱を持ってしまった上、バッテリーがどんどん減っていったので、あまり写真を撮ることができませんでした。
海外では日本以上にスマホの機能に頼ることになるので、モバイルバッテリー持参も視野に入れる必要がありそうです。(荷物が重くなってしまうので工夫は必要ですね。)
学研まんがで育った世代です
さて、なぜ私がパルテノン神殿でもなく、デルフォイでもなく、クノッソス宮殿に行きたかったのかというと、子ども時代に何度も読んだ「学研まんが・古代遺跡のひみつ」
に強い影響を受けたからなのですが

白黒のショボい印刷でしか知らなかった「王の間」の本物をカラーで見ることができたのは感激でした。
子ども時代は「おどぎ話のような、本当か作り話かわからない地下の迷宮が本当に存在した、というミステリー」に興奮していた私。
大人になって考古学的な観点で興味深く観察するようになっていたのですが、実際に見た王の間の奥、聖なる水場の方向(現物を見ることはできない)だけはスピリチュアルな感じがして、太古の昔や神話の世界に通じるような、奇妙な感覚を味わいましたね。
「王の間」を見るために世界各国から来た観光客が長い行列を作っているのですが、ちょっと見てすぐに通り過ぎる人が多い中で、舐めるように観察し、しつこく張り付いていた私は相当ウザい感じだったに違いないと思います。
事実は1000年で神話になるか
さて、今回クノッソス遺跡やイラクリオン考古学博物館を見て、びっくりしたことの一つは以下。

紀元前5世紀の時点で「テセウスに退治されるミノタウロス」という「神話を題材にした装飾品」が作られ(後世に発掘され)ているということ。
最も壮麗なクノッソス新宮殿は大火事で全て焼け落ちて、その後ミノア文明として再建されることは無かった...のですが、
それから千年後に「あの丘にはミノス王の宮殿があってね、恐ろしい怪物を閉じ込めるため、斧(ラビュリス)の印がついた、それはそれはたくさんの部屋を地下に作ったということだ。神々の時代の話だ」
※「(迷宮)ラビュリントス=ラビリンス」の語源は「(斧)ラビュリス」
っていう感じになったということなんですよね。
「断片的な事実は1000年で神話になるんだー!」というのは結構な驚きでしたね。
私たちが神話だ、おとぎ話だと考えている言い伝えは、1000年前にはいったい、どのような姿をしていたのでしょうか...ますます古代に思いを馳せてしまいます。
いかがでしたでしょうか?
ちょっとでも興味があれば、クノッソス宮殿に行ってみてくださいね!
クレタ島は遺跡・博物館だけでなく、自然も豊かで食べ物も美味しい!
ツーリスティックなスポットもたくさん揃っているのでオススメですよ。
他の場所に行かず、クレタ島だけを1週間ぐらい周遊するのもいいですね。
興味がある方は、クレタ島のすばらしいトレッキングプレイス、「サマリア渓谷」の記事も読んでみてね。
それでは、また!
水かお湯を注げば食べることができるおにぎり。防災のためだけでなく、「海外で具合が悪くなった時のための日本食」としても優秀。