appe-zigzagのアンテナ

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あなたは悪くないのかもしれない【zigzagエッセイ】


年末年始はとにかく忙しかった、の一言に尽きた。

 

 

そもそも、私以外の家族の誕生日が年末に集中しているのである。

クリスマスごはんから始まって翌日仕事と大掃除ならぬ小掃除。夫の誕生日ごはん、翌日はちょっとだけ掃除、そして出勤。その次の日は誕生日ケーキとピザの受け取り、そして出勤。この間、塾の送り迎えは毎日(受験生の年末年始特訓といいう奴だ)31日はお雑煮と蕎麦の準備をして、また送迎。

 

 

昭和の祖母や母のように年始の大層な支度は一切していない。(つうか、できない)おせちは買った、掃除も完全にはしない。けれど、精神的には「息つく間もない」ぐらいの1週間だった。

 

 

既に元日の朝の時点で「なんだか疲れたな、夫が年始の挨拶に行ったら1人でボーッとしたいな」ぐらいの気持ちだったのだが、「(家族ぐるみでお世話になっている方親族ではない に)『是非来て』と言われている」という夫の言葉に「せっかくのお誘いだし、とてもお世話になっている方だし、私も年始のご挨拶だけはしようかな」と思って立ち上がった、これが「とどめ」の事件になろうとは・・・

 

 

「明けましておめでとうございます」とご挨拶して入った、大人と子どもの靴でいっぱいのお正月の玄関。小さい孫たちがリビングの隣の和室で走り回り、大人たちが正月料理を肴に日本酒を組み交わすクラシックで心温まる家族団欒の風景。

 

 

「そこ、座って座って」「どうぞお酒」「おい、取り皿」「今年の数の子は(塩抜きが)うまくいったから」「はい、乾杯しよ、乾杯」「ぼくのノートがないよー」「ママ、靴下どこかになくなった」「はいはいおめでとうございます、かんぱーい」つまりは、日本中あちこちで見られたはずの、あたたかなお正月の風景で、皆で楽しく飲んで団欒していたと思っていたら、突如それが起こった。

 

みんなそこそこ酔っ払ってるし、複数人が別の話題で喋っているから、私としては何故そんなことになったのか全くわからなかったのだけれど、局所的に突然不穏な空気になってきょうだい喧嘩が始まっていた。

 

 

弟姉喧嘩と言っても孫たちではない、大人の方である。40もだいぶ超えたような二人が、声を荒げて全く穏やかではない単語を飛ばしあっているのである。

 

 

かなり不穏な単語を聞いてしまった私としては「え???私これ聞いてて大丈夫なのか?」と心中、冷や汗である。

「まぁまぁ」「正月じゃないか」と、宥めようとする父親に「お父さんは黙ってて!あんたが口を出せることじゃない!!」と泣き叫ぶ娘。

 

 

恐怖で凍りつく3歳の孫娘が不憫で「⚪︎ちゃん、おばちゃんとお隣の部屋で遊ぼうか~大人の話が終わるまであっちにいようね~」と、抱っこしながら移動すると、何故か母親も泣きながら一緒について来て、「もういい、もうあの人たちはどうでもいい、2度と会わない」とぎゃんぎゃん泣きながら訴えてきたのだった。

 

母親の精神的不安定は、幼児に激烈な影響を与えると私は思っているので、酔っ払いの姉弟喧嘩が落ち着くまで子どもを離そうとしたわけだが、失敗である。

 

 

 

元いたリビングには可哀想に、恐らくどうすればいいかわからない婿、家族の喧嘩に巻き込まれた訪問客である夫(たぶん、トンチンカンなことを言っている)、「あんたも悪い」と正月から娘に怒鳴りつけられた家長しかおらず、まあそんな所に孫娘の⚪︎ちゃんを預けても全く状況打開にならなさそうで、結局のところ、私が⚪︎ちゃんを膝に抱き抱えたまま、泣き喚いている母親の相手をする状況になってしまった。

 

 

入ったこともない仏間である。(※私は親族ではないから)鴨居には亡くなったお母さんと、祖父母の遺影が並んでいる。それらに見守られながら、再び「え???私コレ本当に聞いていいのか?」という家族の歴史、親子・きょうだいの愛憎と確執を泣きながら訴える母親。

 

母親は文字通り『溢れ出すように』、兄弟や父母に対しての「こうあってほしかった」「不満だった」「理解できなかった」「怒っていた」「悲しかった」「信じたかった」「信じられなかった」「孤独感があった」「私はがんばってきた」を話し続けた。

 

 

「そうか」「理解できないよね」「怒っていたんだ」「きつかったんだね」とうなづき、返す私、私もアルコールを飲んでいるのでそこそこ酔っ払っているのだが、頭の中はフル回転、もう徹底的にコーチングで傾聴であった。

 

 

母親はとんでもなく感情的になって喚いていたけれど、不憫なのは孫娘の⚪︎ちゃんだった。かなり賢い子だと思う。

 

 

しかし、3歳の子にはこの状況を理解できない。理解できないながらも、母親が傷つき、泣き喚いているのを助けて、慰めたいと必死にならざるを得なくて、泣きながら「ママはがんばってきたんだよね」「ママは本当は嫌だったんだよね」「ママは一緒に遊びたかったのに」「ママはえらいんだよ」「ママと一緒にいるからね」と3歳が話せる言葉で一生懸命に慰め続けていた。(ママは自分に必死なので、あまり聞いていない)



母親は、この突発的にはじまった正月傾聴?コーチング?が1時間を超えたあたりから、少しずつ落ち着いてきたのだが、3歳の⚪︎ちゃんにしてみれば依然として、世界がひっくり返るぐらい怖くて不安で仕方がないのである。私としては途中から母親よりもむしろ子どもの方が気になって、どうしよう、どうケアしようと考えていた。

 

 

母親が落ち着いてきたところを見計らって、⚪︎ちゃんに声をかける。

「⚪︎ちゃん、声が大きくてびっくりしたね。怖かったね。でも心配しなくていいんだよ、あのね、大人でも喧嘩することがあるんだよ。これはお母さんと、おじさんが喧嘩しただけなの」と話しかけるが、涙で汚れた顔は強張ったままである。

 

 

「⚪︎ちゃんは、喧嘩がわかる?お友だちと喧嘩したことがある?」と聞いてみたら、不思議そうな顔で首を横にふる。

なんと、⚪︎ちゃんは幼すぎて人と争ったり、意見のぶつかり合いを経験したこともないのだった。それなのに、母親の怒鳴り合いを見せつけられて、幸せなお正月から急転直下の恐怖。哀れとしか言いようがない。

 

 

「じゃあ、⚪︎ちゃんと同じ幼稚園の子が喧嘩しているのを見たことはある?喧嘩っていうのは、人のおもちゃを取って泣いたり怒ったり、叩くとかひっぱるとか。それから、意地悪なことを言ったりしているの」と聞くと、そこは力強く首を縦にふる。

 

 

「それが喧嘩ね。その、喧嘩している子たちはつぎの日も幼稚園に来ている?来てるよね?泣いたり、怒ったりするけど、幼稚園に来なくなっちゃったりしないよね。みんな次の日は遊んでるでしょ?それと一緒。だから、大丈夫、心配しなくてもいい」

 

「ママは『もう会わない!』って言ってるけど、これ幼稚園と一緒だから。⚪︎ちゃんは、また、おじいちゃんの家に来ることができるし、おじさんとも会えるから。またみんなで遊べるから、大丈夫」

 

「大人でも、喧嘩することあるんだよ。びっくりしたよねー。ちょっと喧嘩しちゃったの」

 

「⚪︎ちゃんは何も悪くないよ。ママも明日は元気。心配しなくていい」

 

 

3歳である。どれぐらい理解したか不明だが(というか理解不能が普通)賢い彼女は言葉を重ねるごとに引き攣った表情が緩んでいき、少し復活した母親の「大丈夫、また遊びに来るよ」という言葉で文字通り大号泣した。

 

 

子どもは安心しても泣くんだよな、と彼女を見ながら思った。「ママはがんばっていたよ」「ママは一生懸命だったんだよね」「私はママと一緒にいるからね」と母親を慰めていた時も⚪︎ちゃんはワンワン泣いてはいたのだけれど、それとは比べ物にならない子どもっぽい大号泣だった。

 

 

その後、お正月の祝いの席はお開きとなり、ものすごく頭を使ったような気分で帰宅した私は、「疲れた、なんかすっっっっごく疲れた」と呟きながら倒れ伏したのだった。

 

 

大人はつらいよ、そんな翌日も弁当と塾送迎と出勤はやってくる。ようやくダラダラできたのは、ぐちゃぐちゃのリビングと汚いキッチンそのままの13日。

布団の中で「休息ってすてき・・・」と、しみじみ思いながら、怒涛の1週間を振り返った。

 

 

特に元日の突発的な傾聴?コーチング?のことを思い出してみると、色々と考えが巡って仕方がなかった。

 

 

近藤真樹コーチの自己基盤講座を受講している人間としては、母親が抱える大きな大きな『未完了』が本人の人生にどれだけ大きな影を落としているかを感じずにはおれなかったし、

未完了トマス・レナードの提唱するパーソナル・ファウンデーションの中で取り扱われる重要項目のひとつ。通常の日本語の未完了とはちょっと違う)

 

 

その母親の『未完了』が無意識に娘の人生に影響を与えかねない事態にまでなりかけたのを目の当たりにして、何とも言えない気持ちになった。

私が気にしていたのは、娘が無意識に母親を守ろう、不安定になるのを避けようとするあまり、知らず知らずのうちに、何かに忖度する人生を選ぶのではないか、ということ)

 

 

私を含め、この文章を読むであろう自己基盤を学んでいる界隈の方々、コーチングや傾聴というスキルと共に人生を歩もうとしている方々は、いいのだ。どこかで人生の『未完了』に気づき、何とかしよう、と行動することができる。

何とかした人を実際に見たり、何とかする方法があるらしい、と気づくことができる。

でも、そうでない人々はどうなのだろう。

 

救いと言えば、ぎゃんぎゃん喚いていた母親の言葉・・・「私、今までこんなに話を聞いてもらったことはなかった。」だ。

まあ酔っていたし、怒ってるし泣いてるしで普通ではなかったと思うけれど、その言葉に嘘は無かったと思う。

 

 

私が今まで誰かに助けてもらいながら、回り道しながら積み上げてきた『人の話を聞く』というスキル、あるいは『在り方』は、瞬間的にでも誰かを軽くして、誰かの気づきになったかもしれないと思った。2026年も誰かの話を聞くことができる自分になる。これ、今年の目標の一つにしよう。

 

 

ところで、12日に

「あー、今年は元日からすっごい疲労だった、今年の年末年始の感想は『疲れた』だよ・・・・まぁ塾に夕方までカンヅメしてる子の前で言えないけど、ほんと疲れたよ・・・・」

と夫に話すと、「え?なんか隣の部屋で会話がはずんでいるのかな~と思っていたんだけど」とトンチンカンなことを言われ、

「ハァアアアアア?????楽しそう・・・・だと?一体どこをどう見て?????クッッッッッッッソ疲れたわ!!」とアニメの登場人物のように叫んだのはまた別の話。

 

 

 

 

以下、トマス・レナードの本。

 
記事には全然関係ないけど、ものすごく興味深くて面白い本。読書会なんかでシェアしてます。好奇心旺盛な方に。