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挑戦!家族のアイテムの整理整頓


こんにちはこんばんは、appeです。

 

長年ワタクシを苦しめていた問題のひとつを、ついにクリアしました…
「家族のアイテムの整理整頓」です。



片付けができると、こんなにも自己肯定感が上がるものなのか…と、ちょっと呆然とするぐらい感動しました。


それにしても、この片付け、長かった。実はDIYもやったのですが、片付けよりそっちの方が大変だったかもしれない。


というわけで、今の「わたし、えらい!」という自己肯定感と、幸せ感が薄れる前に、今回の片付けとDIYの記録をシェアしようと思います。


それでは、いってみよ!

 

【目次】

 

 

 

リビングの中心は常に「貝塚」

我が夫は、ストレングスファインダー®︎で言うと確実に「収集心」の人。

さらに言うと、整理整頓に興味がない…わけではないと思いたいけれど、とにかく私とモノをどう置くか、収めるか?の思想が合わない人。



私から見れば完全に無秩序、「どうしてコレを捨てないんだ?」「大切にしたいようだが、なぜこのような扱いをしているのか?」としか思えない謎のモノたちが、いつもリビングの一等地で埃をかぶって、うずたかく積み上がっていました。

まるで貝塚です。



とはいえ、本人なりの捨てる・捨てないのこだわり、「忘れないように」的な配置の意味があるのだろうと察して、これまでは見ないふりをしてきました。
(片付けについてはコーチングでも何度も話をしてきました。『見たら負けだと思う』とか言ったこともある。※あの一角を「何とかしなきゃ、と思って気を重くしたら、明るい気持ちでいられなくなる、という意味)



でもね、リビングの一番目立つ場所にあるその「貝塚」は、私にとってどうにかしたくてもどうにもできない、本当に心を重くする存在でした。



誰かが家に遊びに来るたび、決まり文句のように「片付いてなくてお恥ずかしい…」と言い訳する自分。


来客がある、と夫に言われた時には家に居たくなくて、用事を作って外へ逃げ出したことも何度もありました。



でも、逃げたところで、帰宅した時、ごちゃごちゃの山の前で夫がお客さんをもてなしている姿を見て、なんとも言えない居心地の悪さといたたまれなさを味わうんですよね。今思い出しても苦しいです。

 

 

「私はどうしたいんだろう?」ドリームツリーを書く時、ワークショップ等に参加した時、必ず思うのは「目に入る風景は気持ちの良いものであってほしい」ということ。


リビングは1日の中で長い時間を過ごす場所。残りの人生を考えたときに、「視界に入るだけで心が重くなるもの」と一緒に暮らすのは嫌だ、という気持ちは常に頭の片隅にありました。

 

 

絶好のチャンス到来か?

※もちろん私は見送りには行っていないし夫はこんなにスタイリッシュではない


そんなある日、夫が海外駐在へ旅立ちました。


普段なら、どんなに部屋がカオスになっていようと、勝手に夫の荷物を捨てたり動かしたりすることは絶対にしません。「確かここにあったアレ、どこに行った?」等のトラブルになるのは嫌ですからね。


でも、夫を見送って1週間後にハタと気づいちゃった。



「……あれ? 駐在に行ってる間なら、片付けられるんじゃね?」

一時帰国の4ヶ月後に「この貝塚の2年前の層にある、マツモトキヨシのレシートはどこにいった?」みたいなことは、さすがに言わないのでは・・・?

 

 

まさに、好機到来。今しかない!と、夫が不在の隙にリビングの混沌を掃除、整頓することを決意。

収める場所がない

やる気が減退しないうちに!と、リビングの荷物に手をつけたものの、すぐに次の壁にぶち当たりました。

「これ、一部をリビングから撤去しても、しまう場所がない……」



我が家には納戸代わりに使っている部屋があるのですが、そこの押し入れを開けてみると、これまたとんでもなく重たい夫のコレクションがギッシリあります。



段ボールが2段に積まれているのですが、下の箱は重みに耐えかねて無惨に破れて崩壊寸前。

 

段ボールの中身は、夫が長年収集してきた「外国の古いコイン」「移動記録(厚みがある表紙のノートにシールがびっしり張り込んである)」「いつの旅行のどこの国のものなのかわからない写真の束」「旅の思い出とおぼしきもの」「いずれ修理して使うので捨てない金属製品」などの重量級アイテムが大量に。そりゃ段ボールも破れるわ・・・

押入れから引っ張り出したアイテムのあくまで一部。東欧の土産、お遍路の菅笠、etc...


この押し入れをなんとかしない限り、新しく荷物を収めるスペースなんて1ミリも作れない!

 

というわけで押し入れ下段に、重量物に耐えられる頑丈な棚を作って2段に収納する決心をしました。

 

「やりた~い♡」ではなく、やむにやまれぬ事情からの「突発DIY」の開幕です。

 

設計図からホームセンター通い、そして…

当初、余っていたツーバイフォー材で何とかしようと思っていた(甘かった)


まずはAIに相談しつつ、「どんな金具や木材を使えばこの重量に耐えられるか?」をリサーチ。

頭の中の絵を設計図にする所からスタートしました。


最初は「できるだけ簡単に、サクッと済ませよう」「すぐ終わる」と軽く考えていました。ところが、いざ作り始めると

  • 「あれ、板の強度が足りない?」→手持ちで足りると思っていた木材が使えないことに気づいて買いに走る
  • 「コーススレッド(木ネジ)の長さが合わない!」→翌日にまた買いに走る
  • 「あれ、家にある金具は使えないじゃん、買い足さなきゃ!」

と、少し作業をしてはその都度ホームセンターへ走ることになり、完全な二度手間・三度手間に。



この手間にさらに拍車をかけたのが素人の浅知恵。「ここまで丁寧にやらんでもいいだろう」と、途中で手間を省こうとして結局のところやり直さなければならないことに気づく、というどこかで見たパターンを繰り返します。


↓この時と全く一緒。私って本当に自分の能力を高く見積りすぎている・・・

otalife-coach.com

 

 

当初の脳内スケジュールでは、

「DIYを2日で終わらせて、3日目に荷物を全部収めてスッキリ完了!」

の予定だったはずが、そんなに都合よくいくはずもなく、気がついたら、棚づくりだけで丸々1週間!

 

片付け、それは自分との戦い

器具で水平をとっているのに長さが合わない...己の未熟とプロの凄さを実感


DIYは好きなんですよ、でもね、もう途中で「何で私はこんなことしてるんだろう」ってうまくいかなくて叫んだり、「結局、私は自分のためじゃなく人のために時間を使っているのか?」という気持ちに襲われたり、「もう別に強度とか気にしなくてもいいんじゃね?」という悪魔の囁きにフラフラと引き寄せられそうになったり。それはぐらぐらと揺らぎましたよ。



でも、同時に感じたのがちょっとした「恐れ」。
「私はこういったDIYに興味があって、出来ると思っていたけど、あーでもない、こーでもないと試行錯誤するのが辛いと思うようになっている気がする…ただでさえ面倒に思いながらDIYと整理整頓をやっているのだから、今後ここを改修するってことは、無いだろう。だから、今出来うる限りきちんと作った方がいい。」



そんな感じで、ポジティブだけでなくネガティブな動機も糧に、自分を叱咤激励しながらなんとか完成。やったあ・・・(泣)

 

早速。押入れに設置した棚にアイテムをどんどこ収めます。「すごい、全部入れてもまだ1箱ぐらい入る・・・!」(感動ポイント、そこ?)

 

物はその人の歴史だが

うん、気持ちはわかるよ。いつかやろうって思ってるんだよね(いつかは来ない)


やるって決めたのは自分なのに、「なんで私はこんなことをしてるんだろう」とかぶちぶち文句を言っていたわけですが、気づいたこともあります。夫なりに荷物を整理しようとしていたことに。(まあ正直なところ、劇的な改善は望めないとは思うけど・・・。)


夫が物を捨てられないのは、「物が夫の生きてきた歴史だから。」己のルーツが確たるものではなかったり、過去の記憶を失ったりすると、自分自身の存在が危うくなるのと同じなのだと思います。


それと、「いつか見るかも・使うかもしれないから」(私は15年以上は来ない『いつか』をどう収めるか、四苦八苦しておりますが...)いつか来るその時を思うと、捨てることなんでできない。まるで、『いと高き神』との契約のようだ。


あと、単純に「どうすればいいかわからないから先送り」っていうのもあるかな。最終的に自分以外の誰かにお任せすることになる可能性って、なかなか見えないですよね。


でも、忘れてはならないのは、今片付けの判断がめんどくさいなら、5年後、10年後はもっと面倒くさくなっているっていうこと。

私は10年後の気力と体力で「あの荷物どうしよう」と悩みたくはないです。もちろん、子どもに面倒を押し付けるのも嫌です...。

 

 

捨てたくない人のモノを片付けるには「捨ててないよ」

これは比較的最近の層だな


「今なら文句を言われないな」と思って片付けたわけですが、私は「絶対いらんやろ」っていう褪色して読めないレシートとか、期限の切れた割引券以外はほとんど捨ててません。


なぜ持っているのか本当に謎なモノもたくさんありますが、できるだけ分類して省スペース化し、分類も不可能だと思ったものは1つの箱にざっくりとまとめる。


あまりのカオスに頭を抱えそうになったら、考えるのをやめて全部入れ。省スペース化をはかる。本人に判断できないものを、私が判断できるはずありませんからね。
「ここにあったモノは全部捨ててないよ、ここにあるからねー」って言えればいいや、と腹をくくりました。



「触らないで」と言われないことがわかっているからこそできる、確信犯的整頓です。

 

まとめ

・「文句を言われなさそうだ」と思った時が家族のモノの片付け時

・「捨ててないよ」は免罪符になるかもしれない

・10年後は捨てる判断力も体力も今より確実に下がる。今捨てないと子どもに迷惑をかける。

 

というわけで、いかがでしたか?
家の事情は人それぞれ。私のケースが参考になる方はあまりいないかもしれませんが、確実に言えることは「モノも心を豊かにするけどスペースも心を豊かにするよ」です。



皆さんのお宅はきっとうちよりスッキリしていると思います。コツをご教示ください、マジで。

それでは、また。

 

色々な片付け術があると思いますが私が影響をうけたのはこの人

 
 
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